【社会貢献】 東北復興支援企画 石巻~女川 被災地の未来について考える 〈其の2〉特派員:杉田基彰さん

続いて、杉田 基彰 特派員から視察の様子を伝えてもらううさ!
【2回目】 
6月4日(土)~ 5日(日)
参加者=11名、スタッフ3名、合計14名

<6月4日(土)初日>※晴れ・時々曇り 気温21度

●14:00 石巻市震災遺構 大川小学校 訪問

6年生のお嬢様が残念ながら犠牲になられた、語り部の鈴木さんから、当時の状況についてお話を頂きました。

鈴木さんがお嬢様のお名前を、何度も叫びながら探し続けたこと、ご遺体が見つかったときの心境など、とてもつらく、いたたまれない気持ちになり、涙が止まりませんでした。

たくさんのお話の中で、鈴木さんが参加者のみなさまに伝えたかった事は、
「この遺構(大川小学校)を、広島原爆ドームのように残置保存をしていきたい。」
「この日、この時、何が起こったか、を生かされた人は決して忘れてはならない。」
「後世に引き継いでいき、この教訓を必ず次世代に生かしていきたい。」

●15:45‐ 雄勝ローズガーデン 訪問

徳水先生から、防災プログラム についての講義をお聞きしました。

一番印象に残っているお話は、今回の被災された方のほとんどは、
「そんなに大きな津波が来るとは思わなかった」
「今までも、ここまで津波が来たことも過去一度もなかった」、つまり、
「想定していなかったことで、油断し、行動に移すことができず、逃げ遅れてしまった」
「そのことが最も大きな要因で、多くの命を落とすこととなってしまった」

ということをお聞きし、言葉を失いました。

合わせて、地震が起こった時にまず行動することの「垂直避難の大切さ」、やそれを常日頃から防災訓練を通じて確認する。
つまり、「備えをしておけば、リスクを最小限に抑えられる」、ことや「天災の発生自体を止めることはできないが、減災は人の行動によって必ずできる」

ということを深く勉強することができました。

具体的な東京都心を含めた、今後起こりうる、日本列島の活断層による地震のリスクも可視化していただき、いつ起こってもおかしくない「自分事」として考えて、イメージしておくこと、の大切さを深く学びました。

「初日を終えた、参加者みなさまからのコメント」 ※一部抜粋
・語り部の方のお話にとても身に詰まらされた。
・大川小学校周辺がきれいに整備されてきた反面、遺構をそのままの状態で残し続けることの難しさも感じた。
・ローズガーデンに以前ボランティアの際に植えたオリーブの木が、すくすくと育っていて感慨深い気持ちになった。
・防災の話、帰ってからもすぐに確認し、自分事して考えようと思った。
・(大川小学校を)テレビで見たことはあったが、報道されている内容と、実際に語り部の方からの一次情報は異なる内容と感じた。実際に足を運んで、感じることの大切さを学んだ。
・次世代に残していくことの使命を感じた。

今回の参加された11名ののみなさんと、「雄勝ローズガーデン」で記念撮影

<6月5日(日)2日目>※晴れ/時々曇り 気温19度

●10:00‐ 女川フューチャーセンター 訪問

特定非営利活動法人 アスヘノキボウ 後藤さんより講話、「女川町復興のまちづくり」について、お話をお聞きしました。

街の居住区域の約7割を流失、被災された女川町。
今後のまちづくりのポイントは、「還暦以上は口をださない」、つまり、若い世代が中心となって、考えに考え抜いた街づくり/地域社会創生を取り組まれているお話に感銘を受けました。

深い悲しみから、前を向き、未来を考えることができたエネルギーの源は、「ギリギリで生き残った自分たちが、これからの次世代に何を残せるのだろう?残った命をどう使うか?」という気持ちが、町の7割を失った被災された方々だからこその集団心理に基づいている、というお話をお聞きすることができ、深く理解することができました。

「すべての家から海が見えるまちづくり」
海から恩恵を受けて暮らしてきた感謝と、これからも海の見える生活をしたい地元の方の想い・・・

「コンセプト=口説ける水辺のあるまち」
の実現に向けて、これからの未来、次世代につないでいくまちづくりを、一生懸命取り組まれている実際のお話に心が動かされました。


●11:30- 女川シーパルピアでお昼/ランチ

今回参加された11名+スタッフ3名+後藤先生と、「女川フューチャーセンター」で記念撮影②
女川シーパルピアでランチ♪
マグロ三食丼

●13:30- 南浜記念公園 / 石巻市震災遺構 門脇小学校 訪問

多くの方が被災された地域「南浜」。特に、津波被害だけでなく、津波で発生する火災、(=津波火災)に巻き込まれて多くの方が犠牲になられた地域だそうです。

火災は三日間続き、津波で流された建物や、火災で焼け焦げた瓦礫を撤去するまでの期間、約3年間。今は居住禁止区域になり、記念公園としてとてもきれいに整備されていました。

ここにあった「がんばろう石巻」 の看板の意図は、悲しみにくれている、下を向いている人たちを上を向いてほしい、という励ましたい気持ちから作成されたそうです。

大川小学校では亡くなられた犠牲者多かった反面門脇小学校では犠牲者がでなかったとのことですが、大きな違いは、避難マニュアルの有無、常日頃からの避難訓練の有無 ここに尽きるとおっしゃっておりました。

何度も何度も地震で発生する津波を想定した、垂直避難(学校の日和山公園につながる裏山を避難経路とした訓練)を、生徒が嫌になるほど実行し、それが実を結んで迅速に非難ができたとのことだそうです。

その行動に、町の住民の方も促され、日和山公園に向かって助かった命が多数あったとも。

語り部さんからいただいた印象に残った言葉は、
「大人が、子供を守らなければいけない」
「これを糧に同じ過ちを繰り返してはいけない」
「次世代に明るい未来を残す使命が我々にはある」

胸に刺さった言葉になりました。

●16:00- 石巻駅 到着。

事故もなく、2日間の行程が無事に終了し、 その場で解散致しました。

編集後記・・・・・・・・・・特派員:杉田基彰

現地の方々の「今の想い」を、とても深く重く受け取ってきました。
その「想い」とは、
・震災であったことを忘れてはいけない、風化させてはいけない
・この教訓を自分事として認識し、常日頃から防災について真剣に考えるべき
・そのことで、大人が子供を必ず守ってあげる
・未来へ、次世代へ「安心できる暮らし」をみんなでつないでいく


自分の目で見て、耳で聴いて、海潮、草木の香りを吸い込み、心で感じた現地のことを、一人でも多くの方に伝え、知っていただき、実際に足を運んでいただきながら、これからの未来に向けた新しい一歩につながることを感じ取っていただきたいと強く思いました。


<今回訪問した施設、ご協力いただいた団体>
石巻市震災遺構 (ishinomaki.lg.jp) (大川小学校、門脇小学校)
雄勝ローズファクトリーガーデン (ogatsu-flowerstory.com)
特定非営利活動法人アスヘノキボウ (asuenokibou.jp)
石巻南浜津波復興祈念公園 | 東日本大震災の記憶と教訓を後世に伝える拠点となるよう設立されました。 (ishinomakiminamihama-park.jp)
公益社団法人3.11みらいサポート » MEET門脇 (311support.com)
やっぺす!自ら輝こうとする女性をエンパワーメントするNPO – 石巻復興支援ネットワーク(やっぺす石巻) (yappesu.jp)

<参考データ>
数字で見る復興 | 復興庁 東日本大震災発災10年ポータルサイト (reconstruction.go.jp)
東日本大震災10年 データで見る復興予算|NHK NEWS WEB

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