【社会貢献】2024夏:東北復興支援企画 次世代につなぐ ~石巻の今を知ろう~ 【その2】 特派員:竹内理絵さん

エムアイカード支部組合専従の竹内です。
今回、「東北復興支援企画次世代につなぐ、石巻の今を知ろう!」の第2行程(7/31~8/1)にスタッフとして参加させていただきました。

労働組合の石巻復興支援企画には、専従になる以前より興味があったもののなかなかタイミングが合わず、今回が初めての参加となりました。
第2行程はスタッフ含め20名(初参加11名・リピーター9名)で、首都圏、福岡、仙台の各エリアから、1人~グループ・家族(小学生~大人)での参加など、様々な参加者とともに、2日間に渡り震災遺構(門脇小学校・大川小学校)を含む視察と防災講習、ボランティア活動を実施しました。

初日は各所の【視察】を行いました。
現在は整地され、公園には芝生が広がる見通しの良い場所に建てられた「南浜復興祈念公園」や震災や津波の伝承していくための「津波伝承館」「MEETS門脇」は、かつては住宅街として多くの方々が生活をされていた場所でした。

参加者のみなさんと

津波到達地点(6.9m)を示す鉄柱や津波の映像、地震発生後から津波到達まで(約1時間)の生存者の避難行動の再現、震災遺構の「門脇小学校」の校舎内の被害状況、再現された仮設住宅等について、語り部の高橋さんがそれぞれ解説をしてくださいました。
時には涙ぐみ、時には力強い口調で当時の状況を語っていただきましたが、印象的だったのは「誰もが想像していなかったこと」が実際に起こったということです。
「まさか津波がここまで来るとは、こんな高さまで来るとは想像できなかった。想像できていたら助かっていたかもしれない」と。
また、「当時の事を思い出すのはとても辛い、でも皆さんに生きてもらいたい、知って欲しいから伝え続けていく」、と仰っていた言葉に高橋さんの強い想いを感じました。

津波到達地点6.9mを示す鉄塔
津波・火災の被害に遭われた門脇小学校校舎内

2日目には児童74名と教師10名が犠牲となった大川小学校を訪れ、震災当時大川小学校5年生で津波に飲まれながら一命を取り留めたTeam大川」代表の只野さんと震災後にボランティアで大川小学校卒業生と学習支援を行っていた佐藤さんより、話をお聞きしました。津波被害で倒壊した校舎の一部や学校の裏山、当時の避難行動について遺族が起こした裁判や、震災遺構として校舎を保存することになった経緯など、多岐に渡る貴重なお話を「自分が当事者だったらどの選択をしただろうか」と考え、想像しながら伺いました。

大川小学校の裏山(白看板が津波到達地点)
津波の引き潮で倒壊した渡り廊下

また、【防災講習】では自分の地域を襲う津波について正しく知ること、日頃の備えについて学びました。
既にご存知の方もいるかもしれませんが、ぜひ皆さんに共有したいことを簡単に記載します。

  • 津波は大津波警報の高さでやって来ない。(“大津波警報〇〇m”は平均値。実際は2倍迄を想定する!
  • 津波は海岸地形や陸上地形・構造物で高くなる(津波は海だけではなく、川でも発生!また、周囲を山に囲まれている場合、水は逃げ場がなく高さを増してやってくる)
  • 自分の地域の地形や構造物を理解して、地域を襲う津波の高さや特徴をイメージして避難行動を取る必要性(高層ビル街に津波が来たらどうなるか?津波が来なくても液状化となった場合は?)
  • ハザードマップを過信しない(条件を超える予見不能な現象が発生!)

日頃から持ち歩きのできる防災ボトルを作成しました!

今回訪れた門脇小学校と大川小学校、防災講習で話を伺った雄勝小学校は3校とも海と川の近くに位置し、いずれの学校も日頃より防災訓練を実施していましたが、地震発生後の避難行動の判断がそれぞれの運命を変えました。どのような状況においても判断をすることが難しい側面もありますが、日頃からその先の状況を想像し準備をしておくことの必要性を再認識することとなりました。

2011年の震災当時、私は千葉県内(千葉三越の社員食堂でVOICEを実施していました)で地震に遭遇しました。交
通遮断やその後の計画停電などを経験し、メディア等で東北地方の津波や被災状況の映像は見ていたものの、東北地方に友人や親戚がほとんどいないこともあり、心配はしていましたが「自分は大丈夫、東北ほど被災することはまずないだろう」と正直どこか他人事と捉えていたことを現在は深く反省しています。

現在の私の居住地は、海から3~4㎞と比較的近く、海抜も高くはない場所です。
改めてハザードマップにおいて安全な場所であることは確認しましたが、ハザードマップは過信せずに想像と準備を行いたいと思っています。

また、社内でも防災訓練は定期的に実施していますが、全員が自分事として取り組んで欲しいと思います。
訓練では「建物の外に避難する」で終了する場合がほとんどですが、その先の避難行動や実際の被害状況を想像し、備えておくことが何よりも重要です。
ぜひ、日頃から周囲のメンバーやご家族と防災について話し合っていただきたいと切に願います。

今回、東北復興支援企画に参加して知り得た当時の現地の状況や復興に向けた活動、防災知識などを家族や友人、会社の同僚などに積極的に伝えていますが、(私の伝えるスキル不足もあり)これまでの自分がそうだったように「自分事」として捉えてもらうことは非常に難しいと感じています。
企画の趣旨でもある「次世代につなぐ」は今、自分に出来ることでもあるため、引き続き伝え続けていきたいと思います。
長くなりましたが、私の想いが皆さんに伝わると幸いです。ありがとうございました。

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